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「金魚妻」表題作の完成度の高さについて話したい

不倫漫画「金魚妻」の1巻が期間限定無料(12月13日まで)となっています。Netflix篠原涼子主演で実写化が決まっており、そのプロモーションもかねての無料施策だと思います。この作品は2017年に発売されて以降、電子でものすごい勢いで売れました。「めちゃコミック」では一般作品2位(1位は「死役所」)を獲得しています。

 

 掲載は「グランドジャンプPREMIUM」と「グランドジャンプ」。「妻はなぜ一線を越えたのか?」のアオリのように、人妻が一線を越える(不倫に至る)までを描いています。

男性誌掲載ですが、電子では女性読者がかなり強かったという話をよく聞き、2018年くらいは「電子だと既存の読者とは違ったところにリーチできる可能性があるんですよ」という話の例として挙げられるタイトルだったように思います。最近だと「あせとせっけん」とかが、男性誌連載だけど電子では女性読者も多そうな感じがあります(周囲の体感調べ)。

女性向け恋愛シミュレーションゲームを展開しているボルテージは、ゲームで目指しているものは「通勤途中や寝る前のリラックスに、ゲームをやったことのない人でも手軽に楽しめる、毎日が少し幸せになる女性の為だけのエンターテインメント」としていました。コアな乙女ゲーム好きやオタク女子ではなく、比較的ライトな層に当てるのを目指しているわけですが、少しセクシャル漫画も(特に女性向け電子では)ライトな層がふわっと気になってふわっと買うとヒットになります。

ライト層の購入というところを考えると、まずはコマ広告などでインパクトがある(気になる)展開があるというのはもちろんですが、作品の中に「読者が嫌がらない」要素で構成されているのが非常に大きそうです。不倫ものであれば、できれば主人公の不倫が「勝手に見えない」ところが重要。あとは電子で根強い復讐ものであれば相手のざまあ感が強いなど。女性向けであれば「絵がキレイで見やすく、爆乳すぎたり貧乳すぎたりしない」というのもわりと真剣に重要です。

というところからあらためて「金魚妻」を見ると、後付け的にはなりますが「これは売れるよな…」としみじみ感動します。

まず黒澤R先生の絵がハチャメチャにキレイ! 不倫に至る女性のキャラデザがかわいらしく、かつ年齢相応の大人っぽさがあります。性的なシーンも汁感や擬音が控えめで、少女漫画や少年漫画よりはエッチに見えるが、レディコミや過激めのBL、成年漫画よりはエッチじゃない(感覚としてはToLoveるくらいのキレイさなんですけど、ToLoveるのエッチさは時々マニアックなところがあるんだよな…)。そして女性が気持ちよさそうです(ここ重要!/超余談ですがNTR作品が好きな女性が比較的多いのは、女性があんまりひどいめにあわず、気持ちよさそうであるというのが大きい気がしています)。

そしてストーリーがとてもよくできています(夫と「マジ文学的じゃない…?」と震え合いました)。ここからはストーリーを完全にネタバレします(ネタバレしてもよさがそこまで失われるタイプの作品ではないですが、できれば読んでからお読みください↓)

表題作「金魚妻」(電子では単話売りなのでこの表題作が一番売れているはず)は、24歳の専業主婦・平賀さくらが主人公。さくらは夫と二人暮らしですが、最近夫はなんだか冷たい。実は彼はさくらよりもきれいな女性と不倫をしており、そのためにさくらに冷たく当たっています。

さくらはずっと飼ってみたかった金魚を、夫の許しを得て飼おうとしますが、店から持ち帰ってきた水槽が「大きすぎる」と叱られ、専業主婦であることをなじられ、水槽を返しに行かされます(さくらが家を出ている間、夫は不倫相手に電話をしています。出ていかせるための行動という読み方もできます)。

金魚店に水槽を返しに行くさくら。店主はそんな彼女に、店の金魚飼育スペース(バックヤード)に水槽を置き、金魚を飼うことを提案します。さくらは「ハネ(“綺麗な子だけ選んで育てて売る”金魚の販売において選ばれなかった魚で、里子に出されたり、金魚すくいに出されたり、肉食魚のえさになったりする)」から1匹を選びます。

池から取り出す際に誤って落としてしまい、けがをしてしまった金魚。店主は金魚に塩水浴(トリートメント)をさせ、「再生するから心配しないで」と語ります。そしてそこから流れるように不倫関係へ。「トリートメントって何日続けるんです?」「元気になるまで 一週間でも一カ月でも さくらさんもいいよ 元気になるまでここにいれば」と話すふたり。

さくらが金魚を飼いたいと思ったのは、店の金魚が「気持ちよさそうに泳いでるのを見て」。そして店主が金魚を好きな理由は「逞しいところ」。「人が金魚を作って行くのではなく 金魚自身の目的が 人間の美に惹かれる一番弱い本能を誘惑し利用して 着々 目的のコースを勧めつつあるように考えられる」――と岡本かの子の「金魚繚乱」を引用しつつ語るのです。

ラストシーンは、傷が癒えて元気になった金魚を見て、家を出たまま戻らないさくらが楽しそうに笑って終わります。

徹頭徹尾金魚とさくらが重ね合わされるように作られており、専業主婦として息苦しく過ごしていたマンションという水槽を抜け出し、負った傷を「気持ちいい」環境で癒やすストーリーになっています。店主が金魚の美として挙げているように、さくらは逞しく、自身の美を使って自分の最も回復できる環境をつかみ取ったのでしょう。

またさくらが不倫に至る理由が、「夫が先に不倫していた」というのも、主人公への嫌悪を減らすのにうまく機能しています。「夫はいい人だけどなんとなく刺激がほしくて」というのは好感度が上がりにくいんですよね。女性向けで人気の高いセックスレス→不倫漫画「あなたがしてくれなくても」も、夫由来のセックスレス→妻が不倫へ、と、「これだったら不倫をしてもよくない?」的なルートが構築されていて、女性向け漫画ではこの「これだったらしょうがなくない?」をいかに魅力的に、主人公があんまり悪くないように作るかが重要な気がしますね。逆に「夫に非がないのに不倫に走る妻」を夫目線で描く「サレタガワのブルー」なんかは、夫に非がないことで妻へのアンチ感情をあおることに成功しています。

 

 

 

 「金魚妻」はほかにも、天気の模様と不倫関係が素晴らしくリンクする読み味がちょっとミステリーぽい「出前妻」、夫婦のレスのスパイスとして同僚が使われる「弁当妻」(会話の中でアドラー心理学が出てくる)、意外なラストにおっとさせられる「見舞妻」など名作ぞろいです。