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「駒田蒸留所へようこそ」リアリティある蒸留所と、イマジナリーなWebメディア

「駒田蒸留所へようこそ」11月10日公開。Webニュースメディア「ニュースバリュージャパン」記者の高橋は、やりたいこともやるべきことも見えない25歳。上司から命じられた企画で、父の代で絶えてしまった幻のウイスキー「KOMA」を復活させようとする若き社長琉生を取材することになる。はじめは斜に構えた態度で取材していた高橋だったが、琉生の覚悟や挑戦に感化されて変化していく……。KOMAの復活という琉生の夢は叶うのか?

 

P.A.WORKSのお仕事シリーズの劇場作品。配給はDMM.com。PAらしく蒸留所お仕事ものとしてのディテールはていねいで、「何にも知らない記者が取材する」というていでウイスキー蒸留所のことや仕事を紹介していく。(言うまでもなく、何にも知らない記者とは観客の代理であり、説明を過不足なく行うための設定である)

ウイスキー蒸留所見学ものとしては素晴らしいクオリティだが、ウイスキー蒸留所お仕事ものとしては難しいところ。

お仕事もののポイントは「仕事でのトラブル」「人間関係のトラブル」を乗り越えてキャラクターが成長したり人間関係が変化したりするところにあるが、本作の場合、駒田蒸留所のトラブルは「地震」「火災」など、人間関係のトラブルは「確執のある兄との関係」であり、「蒸留所お仕事もの」ならでは感はあまりない。お客さんや他従業員との出来事をトラブルにできる「花咲くいろは」、アニメ作品の完成までの道中で無限に起きるトラブルをすくいあげる「SHIROBAKO」などに比べると、ウイスキーづくりは(作中でも触れられていたように)何年間にもわたる長期間のプロジェクトであり、かつ販売・接客じゃないので第三者とのエピソードも作りづらいというところがあったのではないかと想像する。

代わりに物語の波を作るのは、Webメディア記者の高橋が起こすトラブルであり、お仕事もののドラマは「蒸留所」よりも「メディア」にある。とはいえそのメディア描写が、うーん、約10年間くらいWebメディアの世界にいるので細かいところが気になってしまい、頭が「気になるな…」でいっぱいになってしまった。

 

主人公が働いているニュースメディア「ニュースバリュージャパン」は、少なくとも5人くらいの記者が在籍している東京のメディアで、5年以上は存続していて、Yahooニュースにも配信していそう。名前のとおり、日本で扱う価値のあるニュースを取り上げるメディアだろうといったところだが、オフィスの雰囲気があまりにも新聞社すぎる。Webメディアにしては複合機と紙資料が多すぎる(と思っていたらやっぱり北國新聞社が舞台のモデルとして協力していた)。

ニュースバリュージャパンは酒専門のメディアではなさそう。それにしては「新進気鋭のウイスキーブレンダーが各蒸留所をめぐってウイスキーを深掘りする」という企画がシブすぎる。

Webメディアの広告収益は、1PVあたり0.5円でも高い方、安いと0.1円を切るので、東京からの交通費をペイするだけでも1記事平均10万PVくらいは必要のはず(当たり前だが社員の人件費を考えるとそれでも足りない)。この連載が毎回10万PVを超えているところがちょっと想像つかない。ダークサイドに落ちたことを考えれば琉生のグラビアみたいな感じで【ウイスキーをテイスティングする琉生社長 他写真30枚】みたいな誘導でPVをかせぐことを考えられなくはないが、作中ではそんなことはしていない。

たとえば食雑誌かつブランディング意識の強い「dancyu」(プレジデント)、「おとなの週末」(講談社)、「東京カレンダー」の1コーナーならわかるかも。また地方密着型メディア(それこそ地元紙とか)の企画や、JALやANAやJRの機内誌系、大手酒メーカーのオウンドメディアだったらありえるかも……。地方紙で若手が任されたWeb展開部署とか。ただ東京のなんでもやってそうなWebメディアがこの企画を継続してやって、かつ新人記者をほぼ貼り付けでやれるイメージはない。

という細かいところが気になってしまい、「ニュースバリュージャパン、お前は誰なんだ!?!?!」となってしまった。

第2弾入場特典「ニュースバリュージャパン特別編集小冊子『駒田蒸留所特集号』」。メタだがこういうのを作れるのもWebメディアっぽくないというか、雑誌社とか新聞社っぽい…

 

竹田純さんら人文系編集者のみなさんが集った「困ってる人文編集者の会」が作った同人誌「おてあげ」(いいタイトルだ…)の2号で、「オシャレ邦画イキリ編集者問題」という寄稿がある。かいつまむと「オシャレな邦画に、イキった編集者が出てきて、編集者のパブリックイメージを悪化させている気がする。編集者は一般のサラリーマンとは違った時間軸で生きているので作劇上都合がよく、かつイキっているパブリックイメージがあるので鑑賞者にイキり感を理解させやすい」といった内容の指摘だ。

「駒田蒸留所へようこそ」は、イキリWeb記者問題なのかも……と思った。でもイキリ編集者と比べて類例はそこまでない。編集者と比べてあくせくしているパブリックイメージがあってイキらせきれないからなのかもしれない…(一生偏見を書いている)。

 

 

まあでもきっと、お仕事ものは、現場の人であればあるほど細部が気になるものだろうから、私のひっかかりはどうでもいいっちゃどうでもいい。

本作はストーリーにおいて、どうしても引っかかる点がある。それは琉生の兄・圭の行動だ。圭は大手のウイスキーメーカーに就職し、駒田蒸留所の買収計画を積極的に主導する。しかし実は琉生はじめ駒田蒸留所のことを心配しており、それゆえの行動だった…ということがだんだんと明かされていき、和解につながる。

が、圭は同時に、数年前に父からあるものを受け継いでいる。琉生の夢と目標、そのための投資を知ったら、「それ」の存在を明かし、琉生に渡すのがフツーの心の流れではないだろうか? ただ実際は数年間秘めていたわけで、それをしなかった心の流れがどうにも理解しにくかった。

たとえばそれを、「憎しみによる物だと思っていたからずっと開封できなかった。琉生の頑張りを見て、開ける勇気が出た」などであれば自然なのだが。ここもなのだが、最終的に琉生の物語が好転するきっかけを、主人公が噛んでいるようで噛んでいない(あるいは作劇上むりくり噛ませたように見える)。リアリティはあるけれど、もう少し観客を素直に気持ちよくさせてくれてもいいんじゃないかな〜、と思ったところだった。