アオヤギさんたら読まずに食べた

インターネットで書いたことや考えたことなどをまとめます

国葬とカギカッコ

安倍晋三元首相の葬儀に関して、「国葬」が行われる見込みです。このニュースが出たタイミングからずっと、各社ニュースのカギカッコの使い方が気になっていました。カギカッコは通常、会話、引用、強調、タイトル名、注意を求める語句を表すために使われます。

1947年以前の日本には国葬令があり、国葬とはどのようなものかの法的なきまりが存在していました。しかし47年の失効後、対応するような法律は存在しておらず、国葬とはなんであるかの法的な定義は存在していません。とはいえ辞書的な国葬の意味は存在しています。つまり「国葬」とカギカッコつきで用いている場合、注意を求める語句、一般的な用法とは違う意味が含まれている可能性がある語句であることを示していると見ることもできます。

基本的に主要メディアは記者ハンドブックという統一の用字用語ルールを用いているのですが、国葬カギカッコをつけるかつけないかは統一のルールはないようですし、おそらく今回さまざまに報道がされる中でカギカッコが取れていくこともあるように思っています。備忘録的に各社をメモしていきます。

 

読売新聞

安倍元首相の「国葬」、秋に実施…岸田首相 : 読売新聞オンライン

安倍元首相の「国葬」、秋に実施へ…政府方針 : 読売新聞オンライン

見出し、本文初出ともに「国葬」表記です。

 

朝日新聞

安倍元首相、秋に国葬 岸田首相表明 吉田元首相以来:朝日新聞デジタル

55年ぶり国葬、岸田首相の配慮と決断 政府内にも懸念あるなか:朝日新聞デジタル

見出しは国葬、本文初出は「国葬」表記です。

 

毎日新聞

安倍氏国葬「全額国費で」 野党は内容注視 | 毎日新聞

岸田首相 「国のため重責担った」 安倍元首相の国葬、秋に実施 | 毎日新聞

見出しは国葬、本文初出は「国葬」表記です。

 

産経新聞

「国葬」慎重論 首相が押し切り決断 - 産経ニュース

維新・松井代表、国葬に「『反安倍』たくさんいる」と懸念 - 産経ニュース

【正論】安倍晋三元首相の葬儀を国葬に 東京大学名誉教授・平川祐弘 - 産経ニュース

記事の傾向(ストレートニュースなのか、コラムなのかなど)によって異なるようです。また2本目はセリフ引用のカギカッコがあるのでそちら優先にも見えます。

 

日経新聞

安倍元首相、今秋「国葬」へ 吉田茂氏以来戦後2例目: 日本経済新聞

安倍元首相の国葬「費用は全額国費」 岸田首相記者会見: 日本経済新聞

維新・松井氏、安倍氏国葬「賛成する人ばかりではない」: 日本経済新聞

記事によって異なるようです。体感、引用&セリフのカギカッコを見出しに使用する場合、そちらを優先して国葬にはカギカッコをつけない、特に引用がない場合、強調もかねてカギカッコをつける、というようにも見えます。

 

NHK

安倍元首相の「国葬」 ことし秋に行う方針 岸田首相が表明 | NHK | 安倍晋三元首相 銃撃

岸田首相会見【詳細】安倍元首相の国葬 4回目接種などについて | NHK | 新型コロナウイルス

統一ルールはなさそうです。

 

Yahoo!ニューストピックス(ヤフトピ)

国葬で民主主義守る決意 首相表明 - Yahoo!ニュース

安倍氏の国葬 9月に武道館で調整 - Yahoo!ニュース

上の元記事タイトルでは「国葬」表記でしたが、トピックスではカギカッコを使っていません。ヤフトピは使用できる文字数に制限があるため、極力記号を使用しない社内ルールがありそうです。というわけでおそらく国葬表記で統一。

 

7月14日の会見で岸田首相が使った「国葬儀」という言葉は、だいたい各社カギカッコつきで記載していました。これは辞書に載っていない言葉だからでしょうか?

国葬儀という言葉は、吉田茂元首相の葬儀の際の議論に出てきたようで、第二次世界大戦までの日本における「国葬」と、戦後行われた吉田茂の「国葬」の同一視を避けるため、「国葬儀」をつけた、そして国葬に関する法は制定せず閣議決定で行った、という顛末だったのかなと読みました。

国会会議録検索システム

ただし今回のことで国葬儀が一般的な単語としてとらえられるようになると、カギカッコがつかなくなっていくようなこともあるかなと思います。

「犬王」感想

「犬王」2022年5月28日公開。

時は室町。いまだに北朝南朝が分裂する中、南朝の権力者は皇位継承者の証として三種の神器を求め、かつて平家とともに沈んだ草薙剣を探させた。壇ノ浦に住む漁夫の家族に金を積み、沈んだ草薙剣を探し出させるが、平家の呪いにより漁夫の男は死に、その息子――友魚は盲目になってしまう。

盲目になった友魚は京に向かい琵琶法師となり、名を友一と改める。そこで友一は己を「犬王」と名乗る異形の少年に出会う。彼は猿楽の名家の三男坊だったが、生まれ持っての異形であることから、舞と謡の才能があっても家族に冷遇されている。そんな境遇の中で明るく強く自由に生きる犬王に友一は好感を抱き、ふたりが成長する数年来交流が続いた。

ある日、犬王は呪われており、周囲に漂う平家の魂の「物語」を聞き、昇魂させることで呪いが解けていくということがわかり、ふたりは「新しい平家の物語」を歌い上げる「興行」をすることに。友一は己の名前を「友有」と名乗り直し、「友有座」を立ち上げる。彼らの新しい興行は室町の民衆を熱狂させるのだが……。

監督:湯浅政明、脚本:野木亜紀子、音楽:大友良英。原作は古川日出男。主役の犬王役は女王蜂のボーカルアヴちゃん、友魚・友一・友有役は森山未來。後半はほとんど興行――ロックミュージカルライブシーンであり、「室町時代にいけてるロックバンドとかっこいい舞台演出があったら」を想像力の起点とするライブシーンが見どころ。

(以降、ネタバレへの配慮はありません)

 

「犬王」劇場アニメ化します、後半はほとんどライブシーンです…で「GO!!」となったのがすごい。また制作道中も(パンフのインタビューなどから見ると)「これが完成品になったらどんな状態なのか」が他スタッフからは非常に読み取りづらかったようで、いまこの形で組み上がっていて映画館で見られることに感謝……。

アヴちゃんの歌声と役者としての声がとにかく素晴らしい。歌は平家の物語であり、基本はすべて聞き取れなくても「こういう平家がいたんだなあ」という気持ちで聞けばいいです(これは相性の問題で、声ははっきりとしているのですが、絵にも気を取られるので歌詞をうまく聞けないという人は少数派ではなさそう)。友有の歌は「よってらっしゃい・みてらっしゃい」ですね。ちなみに私はずっとなぜかJ・A・シーザーの曲を連想していました。最後の曲「竜中将」はミュージカルっぽくなっていて、平家の未練の魂の物語とふたりの置かれた状況がシームレスに語られるつくりになっているので、ここの歌詞はちょい気合を入れて聴くとわかりやすいかもしれない。

ライブシーンは、たとえば犬王が空を駆けるシーンは宙釣りの紐がきちんと描かれていたりで、けっこう理屈のついた演出になっているなと意外でした。100%イマジネーション(当時の観客にはそう見えた、というてい)にしてもいいくらいだと思ったけど、犬王が実在の人物であることで、イマジネーションのライブシーンではなく、ありえたかもしれないライブシーンを構築しているのだと感じます。なおライブシーンは音楽と絵が500%合ってる感じの方向性ではない(音楽に絵をつけているのではなく、絵に音楽をつけている方向性を感じた)ので、そういうビターっとしたハマり方を求めるとちょっと物足りなく感じるかも。

クライマックスの「竜中将」と、犬王の父のバシャ、あるシーンの無音、そこからのラストシーンがよかった。ラストの犬王のせりふでぶわっと涙が出てきました。この作品で泣くとは予想してなかったので「うおお泣かされてしまった……」という気分。歴史の中で敗者となり亡霊となったものたちのお話を掬い上げるのが犬王と友有であり、彼らもまた歴史の中では敗者だが、最後に掬い上げられて終わる、我々はそれを目撃しているという、非常にきれいな構図でした。

「ハケンアニメ!」感想

ハケンアニメ!」2022年5月20日公開。

「天才」と呼ばれるアニメ監督・王子千晴の作品に心を動かされ、アニメ業界に飛び込んだ斎藤瞳。7年後、彼女は初めての監督作にしてオリジナルアニメーション「サウンドバック」を担当する。そのアニメがかかる土曜17時帯には「サウンドバック」以外にももう1本、王子千晴監督の数年ぶりの新作「運命戦線リデルライト」があった。「新人監督」と「天才監督」の対決を期待して「土曜17時対決」が煽られる中、瞳は「王子監督の作品を超えたい」と意気込む。

原作は2012年から2014年にわたって連載された辻村深月の同名小説。原作は執筆時に幾原邦彦松本理恵に取材が行われており、ファンの間ではこの2人がキャラクターのモデルとして捉えられている。新人監督の斎藤瞳を吉岡里帆、王子千晴を中村倫也が演じる。またそれぞれの監督を担当するプロデューサーを柄本佑尾野真千子が演じる。アニメ業界お仕事もの、クリエイターもの、監督とプロデューサーのコンビものとして楽しめる映画。凝っているポイントとして劇中作のアニメーションがかなりしっかり作られていて、「サウンドバック」は谷東監督、「リデルライト」は大塚隆史監督が担当している。

(以後、ネタバレへの配慮はありません)

 

タイトルになっている「ハケンアニメ」は「覇権アニメ」のことで、そのクールにおいてもっとも人気の出た(≒売れた)アニメを指すネットスラングである。このスラングはもともとは2ch(現5ch)でやりとりされていたものであり価値観だったが、私の体感では2chまとめサイトによって2chユーザー以外のライトなアニメファンにも浸透していた。この価値観には功罪(わりと罪)が多いが、強化した現象として2009年「化物語」のDVD・ブルーレイの記録的なヒットが挙げられるだろう。原作者の辻村が執筆準備していたタイミングでは、エッジのきいた言葉であり、考え方であったろうと思う。

しかしこの「覇権アニメ」という言葉は、アニメの評価を映像ソフトの売り上げ以外で測る基準が増えていくにつれて急速に勢いをなくしていった体感。サブスクでの配信の一般化、また2016年「君の名は。」の爆発的ヒットにより、オリジナルアニメーションの表舞台が劇場作品になったこと、そして2020年「鬼滅の刃 無限列車編」の興行収入400億円越えという(もはや狂気的な)記録により、いまのアニメ鑑賞において「覇権アニメ」という言葉が出てくることは10年前と比べて極めて少ない。

そんな大きな変化があったあとである2022年に「ハケンアニメ!」が映画化されるのは非常な難しさがある。作品の根底にあるために変えようがない部分が現在のデフォルトとかなりずれているため、アニメファンであれば違和感があるしキャラクター理解の妨げにもなる(2022年に「覇権をとりましょう」というアニメプロデューサーは、原作のキャラクター性とは違うノイズが2022年に発生する)、アニメ業界をよく知らない人にとっては誤解のもとともなる、「お仕事もの」としてはなかなか難しいものになってしまっているというのは言わざるをえないだろう。この作品が2015年くらいに映像化されていたIFルートを夢見てしまうところはどうしたってある。

が、それでもなお、「ハケンアニメ!」は自分にとっては心を動かされる作品で、なぜなら私はクリエイターものにめちゃくちゃ弱いのである。これまでの人生の実感として、素晴らしい作品というのはどうしたってクリエイターが傷ついたり削られながらこちらに差し出してくれているものだという感覚があり、人間としてもうこの人たちにしんどい思いはさせたくないが、しかしオタク・ファン・消費者としては早く次が見たいという思いを抱えている。「ハケンアニメ!」に登場する斎藤瞳と王子千晴はまさにたくさん傷つきながら誰かに届くことを祈って作品を生み出してくれている存在で、そんな人たちの「戦い」にはとにかく弱い。なにより劇中作の「運命戦線リデルライト」を見たい気持ちがすごい。

私は幾原邦彦ファンなので、ハケンアニメの連載当時に"久しぶりの監督作品”として「輪るピングドラム」が放送されていたこと、そして2022年現在にその「ピングドラム」を劇場版に再構成した前編がかかっていること、そういった外部情報も「ハケンアニメ!」の後ろにどうしたって重ねてしまう。正直これは作品自体を見ているわけではなく、作品の向こう側を見ているところがあるので、自分としてはいい見方ではないが、そう見ちゃうよね、という弱いところを押されている作品なのである…。

原作を読んでいたときよりも印象的だったのは、斎藤瞳と近所の子供の交流のシーン。学校でうまくいっていないような子供に対し、瞳は「いつか自分の気持ちをわかってくれると思うものに出会える(瞳にとっては王子監督の「光のヨスガ」がそうであった)」と話し、自分の作品「サウンドバック」を「面白いから見て」と伝える。

ちょっと前に、辻村深月が「かがみの孤城」を出したタイミングでの取材記事を読んでいて、「不登校新聞」という媒体で不登校当事者の子供たちにインタビューされている記事がとてもよかった(辻村さん自身も別記事で思い出深い取材だったとあげている)

futoko.publishers.fm

news.yahoo.co.jp

辻村作品が、不登校の子供たちに「自分のことが書かれている(自分のことをわかって書いている人が世の中にいる)」と思わせたこととこの台詞が重ねって、「ウオ〜〜〜!!!」という気持ちになってうるっときた。「ハケンアニメ!」の斎藤瞳は取材した2人の血も入っているけれどやっぱり当たり前だけど辻村深月の血と肉でできているキャラクターなのだ。

話し忘れてしまうけどキャストの演技はみんなよかった。とてもいいキャスティングだったと思う。