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「ハケンアニメ!」感想

ハケンアニメ!」2022年5月20日公開。

「天才」と呼ばれるアニメ監督・王子千晴の作品に心を動かされ、アニメ業界に飛び込んだ斎藤瞳。7年後、彼女は初めての監督作にしてオリジナルアニメーション「サウンドバック」を担当する。そのアニメがかかる土曜17時帯には「サウンドバック」以外にももう1本、王子千晴監督の数年ぶりの新作「運命戦線リデルライト」があった。「新人監督」と「天才監督」の対決を期待して「土曜17時対決」が煽られる中、瞳は「王子監督の作品を超えたい」と意気込む。

原作は2012年から2014年にわたって連載された辻村深月の同名小説。原作は執筆時に幾原邦彦松本理恵に取材が行われており、ファンの間ではこの2人がキャラクターのモデルとして捉えられている。新人監督の斎藤瞳を吉岡里帆、王子千晴を中村倫也が演じる。またそれぞれの監督を担当するプロデューサーを柄本佑尾野真千子が演じる。アニメ業界お仕事もの、クリエイターもの、監督とプロデューサーのコンビものとして楽しめる映画。凝っているポイントとして劇中作のアニメーションがかなりしっかり作られていて、「サウンドバック」は谷東監督、「リデルライト」は大塚隆史監督が担当している。

(以後、ネタバレへの配慮はありません)

 

タイトルになっている「ハケンアニメ」は「覇権アニメ」のことで、そのクールにおいてもっとも人気の出た(≒売れた)アニメを指すネットスラングである。このスラングはもともとは2ch(現5ch)でやりとりされていたものであり価値観だったが、私の体感では2chまとめサイトによって2chユーザー以外のライトなアニメファンにも浸透していた。この価値観には功罪(わりと罪)が多いが、強化した現象として2009年「化物語」のDVD・ブルーレイの記録的なヒットが挙げられるだろう。原作者の辻村が執筆準備していたタイミングでは、エッジのきいた言葉であり、考え方であったろうと思う。

しかしこの「覇権アニメ」という言葉は、アニメの評価を映像ソフトの売り上げ以外で測る基準が増えていくにつれて急速に勢いをなくしていった体感。サブスクでの配信の一般化、また2016年「君の名は。」の爆発的ヒットにより、オリジナルアニメーションの表舞台が劇場作品になったこと、そして2020年「鬼滅の刃 無限列車編」の興行収入400億円越えという(もはや狂気的な)記録により、いまのアニメ鑑賞において「覇権アニメ」という言葉が出てくることは10年前と比べて極めて少ない。

そんな大きな変化があったあとである2022年に「ハケンアニメ!」が映画化されるのは非常な難しさがある。作品の根底にあるために変えようがない部分が現在のデフォルトとかなりずれているため、アニメファンであれば違和感があるしキャラクター理解の妨げにもなる(2022年に「覇権をとりましょう」というアニメプロデューサーは、原作のキャラクター性とは違うノイズが2022年に発生する)、アニメ業界をよく知らない人にとっては誤解のもとともなる、「お仕事もの」としてはなかなか難しいものになってしまっているというのは言わざるをえないだろう。この作品が2015年くらいに映像化されていたIFルートを夢見てしまうところはどうしたってある。

が、それでもなお、「ハケンアニメ!」は自分にとっては心を動かされる作品で、なぜなら私はクリエイターものにめちゃくちゃ弱いのである。これまでの人生の実感として、素晴らしい作品というのはどうしたってクリエイターが傷ついたり削られながらこちらに差し出してくれているものだという感覚があり、人間としてもうこの人たちにしんどい思いはさせたくないが、しかしオタク・ファン・消費者としては早く次が見たいという思いを抱えている。「ハケンアニメ!」に登場する斎藤瞳と王子千晴はまさにたくさん傷つきながら誰かに届くことを祈って作品を生み出してくれている存在で、そんな人たちの「戦い」にはとにかく弱い。なにより劇中作の「運命戦線リデルライト」を見たい気持ちがすごい。

私は幾原邦彦ファンなので、ハケンアニメの連載当時に"久しぶりの監督作品”として「輪るピングドラム」が放送されていたこと、そして2022年現在にその「ピングドラム」を劇場版に再構成した前編がかかっていること、そういった外部情報も「ハケンアニメ!」の後ろにどうしたって重ねてしまう。正直これは作品自体を見ているわけではなく、作品の向こう側を見ているところがあるので、自分としてはいい見方ではないが、そう見ちゃうよね、という弱いところを押されている作品なのである…。

原作を読んでいたときよりも印象的だったのは、斎藤瞳と近所の子供の交流のシーン。学校でうまくいっていないような子供に対し、瞳は「いつか自分の気持ちをわかってくれると思うものに出会える(瞳にとっては王子監督の「光のヨスガ」がそうであった)」と話し、自分の作品「サウンドバック」を「面白いから見て」と伝える。

ちょっと前に、辻村深月が「かがみの孤城」を出したタイミングでの取材記事を読んでいて、「不登校新聞」という媒体で不登校当事者の子供たちにインタビューされている記事がとてもよかった(辻村さん自身も別記事で思い出深い取材だったとあげている)

futoko.publishers.fm

news.yahoo.co.jp

辻村作品が、不登校の子供たちに「自分のことが書かれている(自分のことをわかって書いている人が世の中にいる)」と思わせたこととこの台詞が重ねって、「ウオ〜〜〜!!!」という気持ちになってうるっときた。「ハケンアニメ!」の斎藤瞳は取材した2人の血も入っているけれどやっぱり当たり前だけど辻村深月の血と肉でできているキャラクターなのだ。

話し忘れてしまうけどキャストの演技はみんなよかった。とてもいいキャスティングだったと思う。