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「犬王」感想

「犬王」2022年5月28日公開。

時は室町。いまだに北朝南朝が分裂する中、南朝の権力者は皇位継承者の証として三種の神器を求め、かつて平家とともに沈んだ草薙剣を探させた。壇ノ浦に住む漁夫の家族に金を積み、沈んだ草薙剣を探し出させるが、平家の呪いにより漁夫の男は死に、その息子――友魚は盲目になってしまう。

盲目になった友魚は京に向かい琵琶法師となり、名を友一と改める。そこで友一は己を「犬王」と名乗る異形の少年に出会う。彼は猿楽の名家の三男坊だったが、生まれ持っての異形であることから、舞と謡の才能があっても家族に冷遇されている。そんな境遇の中で明るく強く自由に生きる犬王に友一は好感を抱き、ふたりが成長する数年来交流が続いた。

ある日、犬王は呪われており、周囲に漂う平家の魂の「物語」を聞き、昇魂させることで呪いが解けていくということがわかり、ふたりは「新しい平家の物語」を歌い上げる「興行」をすることに。友一は己の名前を「友有」と名乗り直し、「友有座」を立ち上げる。彼らの新しい興行は室町の民衆を熱狂させるのだが……。

監督:湯浅政明、脚本:野木亜紀子、音楽:大友良英。原作は古川日出男。主役の犬王役は女王蜂のボーカルアヴちゃん、友魚・友一・友有役は森山未來。後半はほとんど興行――ロックミュージカルライブシーンであり、「室町時代にいけてるロックバンドとかっこいい舞台演出があったら」を想像力の起点とするライブシーンが見どころ。

(以降、ネタバレへの配慮はありません)

 

「犬王」劇場アニメ化します、後半はほとんどライブシーンです…で「GO!!」となったのがすごい。また制作道中も(パンフのインタビューなどから見ると)「これが完成品になったらどんな状態なのか」が他スタッフからは非常に読み取りづらかったようで、いまこの形で組み上がっていて映画館で見られることに感謝……。

アヴちゃんの歌声と役者としての声がとにかく素晴らしい。歌は平家の物語であり、基本はすべて聞き取れなくても「こういう平家がいたんだなあ」という気持ちで聞けばいいです(これは相性の問題で、声ははっきりとしているのですが、絵にも気を取られるので歌詞をうまく聞けないという人は少数派ではなさそう)。友有の歌は「よってらっしゃい・みてらっしゃい」ですね。ちなみに私はずっとなぜかJ・A・シーザーの曲を連想していました。最後の曲「竜中将」はミュージカルっぽくなっていて、平家の未練の魂の物語とふたりの置かれた状況がシームレスに語られるつくりになっているので、ここの歌詞はちょい気合を入れて聴くとわかりやすいかもしれない。

ライブシーンは、たとえば犬王が空を駆けるシーンは宙釣りの紐がきちんと描かれていたりで、けっこう理屈のついた演出になっているなと意外でした。100%イマジネーション(当時の観客にはそう見えた、というてい)にしてもいいくらいだと思ったけど、犬王が実在の人物であることで、イマジネーションのライブシーンではなく、ありえたかもしれないライブシーンを構築しているのだと感じます。なおライブシーンは音楽と絵が500%合ってる感じの方向性ではない(音楽に絵をつけているのではなく、絵に音楽をつけている方向性を感じた)ので、そういうビターっとしたハマり方を求めるとちょっと物足りなく感じるかも。

クライマックスの「竜中将」と、犬王の父のバシャ、あるシーンの無音、そこからのラストシーンがよかった。ラストの犬王のせりふでぶわっと涙が出てきました。この作品で泣くとは予想してなかったので「うおお泣かされてしまった……」という気分。歴史の中で敗者となり亡霊となったものたちのお話を掬い上げるのが犬王と友有であり、彼らもまた歴史の中では敗者だが、最後に掬い上げられて終わる、我々はそれを目撃しているという、非常にきれいな構図でした。