アオヤギさんたら読まずに食べた

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「恋つづ」に見る令和ラブコメのコレクトネス、あるいは安心安全なキュンの作り方

年末に一挙放送をしていた「恋はつづくよどこまでも」(通称恋つづ)を見ました。佐藤健上白石萌音主演、少女漫画原作の実写化。sugarの施策もハマり、視聴率では「好調ドラマ」くらいですが、公式配信の再生数は「逃げるが恥だが役に立つ」を更新したほどの大ヒットを記録しました。

原作は大人向け少女漫画のベテラン・円城寺マキ先生。原作はもともと読んでいたのですが、ドラマ版は原作とかなり大きな違いがあります。ドラマはかなり「いま」を反映するエンタメで、実写ドラマになるにあたって脚色/翻案された部分を見ると、「いまウケる恋愛もの」の輪郭が見えてくるように思います。
※「鬼滅の刃」の分析もそうなんですが、大ヒットものから社会を語ろうとすると、なんというか答え合わせ的というか、後から言ってる感がすごいものです。今回のエントリにもそういう後付け感があります…ということを先に書いておきます。

「公私混同の恋愛」と「お仕事もの」の融合

「恋つづ」は、学生時代に医者・天堂に巡り合った主人公の七瀬が、天堂のそばに行くために看護師の道を志し、実際に同じ病院に就職を果たすところから物語がスタートします。優しい先生としての顔に一目ぼれしていた七瀬ですが、再会した天堂は「魔王」と呼ばれるクールで冷徹な男でした。それを知らずに初日に告白をしてしまった七瀬は、職場の同僚や先輩たちから「勇者」と呼ばれ、(面白半分で)応援されるようになります。
原作とドラマ版ではこの基本設定(スタート地点)は同じですが、ドラマ版ではかなり「お仕事もの(病院もの)」のエッセンスが強化されています。もともとテレビドラマはお仕事ものの需要が大きいというところもありますが、同時に七瀬のキャラクターのヘイトコントロールがなされています。
職場恋愛―オフィスラブの小説から時代時代の人々の労働と結婚について書いている西口想さんの「なぜオフィスでラブなのか」の帯は「小説から紐解く公私混同(オフィスラブ)の過去~未来」とあります。私はこのルビがすごく好きです。職場で恋愛をするということは公私を混同しています。

なぜオフィスでラブなのか (POSSE叢書 004)

なぜオフィスでラブなのか (POSSE叢書 004)

  • 作者:西口 想
  • 発売日: 2019/02/25
  • メディア: 単行本


↑職場恋愛絶対殺すマンのぱぴこさんなどもいる

恋愛のために職場に入ってきた七瀬はドジで、先生との恋愛の一進一退が仕事に影響を与えたりします。これはメインの視聴者―働く20~30代女性にとってはネガティブな印象です。「恋愛のことばっか考えてないでちゃんと仕事せいや」ということですね。
原作でもそういった批判を浴びる展開があり、七瀬は病院での患者との出会いで看護師としての成長を目指していくのですが、実写ではこの「患者との出会いと七瀬の成長」をさらに大幅増量して厚めに描くことで、「公私混同して職場に入ってきた恋愛脳の女」から「仕事も恋も頑張っている一生懸命な女の子」へと視聴者の気持ちをコントロールしています。またその一生懸命さがヒーローこと佐藤健が惹かれる一因になる…というようになっていますし、恋が発展してからは天堂の上司の医師・小石川(山本耕史)に「仕事とプライベート、そんなにきっぱり分けられるもんじゃない」と公私混同をフォローするようなセリフを入れています。
公私混同の恋愛を貫くには、まず公で成果を挙げてからじゃないと「まずは仕事しろ~~~!!!」ってなっちゃうんですよね。また仕事をしてないで恋愛にうつつを抜かすヒロインにヒーローが惹かれてしまうのも説得力を感じたくなくなってしまうわけです。もちろんドラマ版のお仕事物要素も、七瀬が何かに気付く→周囲がそれに助けられる、という繰り返しなので、それはそれでありがちすぎるとモヤモヤした視聴者もいたと思います。が、なかったらもっとモヤモヤしていたと思うので、いい追加要素だったように思います。
ド余談ですが私は最近エッチな漫画ですらその辺そわそわしてしまい、ピザの配達員のお兄さんと人妻がいい感じになってしまうエッチな漫画「45分で彼を届けて」も、「こんなに配達してから時間かかってたらこのお兄さんクビになっちゃうんじゃないの!?」と心配になりました。
恋愛が成立してからはお仕事もの要素はやや後景に行き、当て馬御曹司の登場&退場や大惨事の交通事故など、より恋愛フィクションレベルが上がっていきます。が、最初の5話くらいでツン天堂→デレ天堂への助走がついており、もう離陸しているので、七瀬へのヘイトコントロールはそこまで気にしなくてよくなった(佐藤健の腕力と上白石萌音のかわいらしさでへし折られる)のかもしれないなという感じでした。私個人としては後半はもうデレデレの天堂が出てきてかっこい顔で何かを言う→I love…のコンボが炸裂するたびに床に轟沈していました(のでもう公私混同のこととか考えられなくなった)。
ちなみに同じくコントロールがうまいなと感じたのがキスのタイミングです。原作だと1巻ラストのエピソード(ドラマだと2話)、受け持った患者の初めての死に落ち込んだ七瀬を励ますためにファーストキスが発生します。そこから原作の天堂は「七瀬が好きなわけではないが、ファーストキスを奪ってしまった責任と、七瀬を一人前のナースにするためにキスをする」みたいな感じで進んでいき、「好きだからキス」というわけではありません(好きなわけではないってわかってます、というようなセリフもあります)。原作では二人が本当の意味で両思いになるのは天堂に留学の話が持ち上がり、七瀬が天堂の背中を押したこと、天堂がみのりの死を乗り越えられたからです。
ドラマでは2話ではキスがなく、3話で七瀬に(無自覚な)恋に落ちたシーンを挟み(ここでの佐藤健の瞳の演技が素晴らしい…)、4話ラストで原作1巻ラストのキス、5話最初に「彼氏になってやる(キレ)」のセリフが入っています。「恋つづ」は原作のセリフや展開をちりばめたり違うエピソードのセリフを違うエピソードに持っていったりして、かなり大胆な整理が行われています。(ほかにも、天堂の過去(恋人・みのりの死)も原作では中盤に明らかになりますが、ドラマ版は1話の段階で視聴者に明らかにされるなど、情報を出すタイミングはかなり細かく変更されています)
インタビューを見ると、制作陣が「好きになってからのキスのほうがいい」ということで初キスのタイミングをずらしたとのこと。
恋つづは4話くらいからネットでの盛り上がりが加速していくのですが、いい焦らしだったと思います(ここからメチャクチャキスシーンが増えていく)。ドラマ2話の段階だとまだ七瀬のかわいらしさが視聴者にインストールされきっておらず、かつ天堂は天堂で「過去の恋愛に痛手を負っているけど、好きでもない女にキスをする」というのがややネガティブ(というかチャラい的)な印象になるため、「(自覚はないけど)心が動いていたからキスをした」というふうに見える整理で素晴らしい。ふたりを嫌いにならないまま、安心してキュンに飛び込んでいける感覚です。
実写だと、人間のネガティブな部分の解像度がかなり上がってしまう印象があり(なにせ実写は情報量が多い)、漫画で描くよりも「バカキャラ」「アホキャラ」は繊細な手つきが必要とされるし、「人が人を好きになる」というのにエピソードが必要なのではないかと感じています。というか実写だとエピソードがないと役者の情報がもろにフィードバックされて、「なぜ好きなのか→佐藤健の顔だからだろ!」みたいになってしまいかねないんですよね。

その恋はハラスメントか?

職場での(立場の高低差から生まれる)恋愛とハラスメントは限りなく線が引きずらいことから、2020年のいまは「上司と部下の恋愛もの」というのはかなり繊細になってきているように思います。
読者の欲望として「俺様鬼畜ドS男」には需要があります(女性向けの恋愛ゲームなどでは、なんだかんだで俺様キャラが人気上位にきます)。一方で令和に生きる読者としての我々には「それはモラハラパワハラではないか?」という引っかかりが常にあります。多くの視聴者にとってそれは「なんかイヤだな」という感じで言語化はされません。
おっさんずラブ」は、部長が部下(春)の情報を集めたり仕事状態をコントロールしている描写があり、一部では「セクハラでは…?」という指摘もありました。物語自体がコメディタッチだったことや、恋愛部分のメインが部長とではなく春と巻だったために放送が進むにつれて指摘は減っていきましたが、部長との恋愛ものとして作られているとけっこうきつく感じる人もいたのではないでしょうか。
「恋つづ」は、七瀬からのグイグイから始まり、天堂がそれに折れて応える形で関係がスタートします。もう全然違う話になりますが、もし天堂が学生の七瀬に一目ぼれし、偶然同じ病院にやってきた七瀬にグイグイ行くラブコメだと、けっこうきつさを感じる人も多そう。令和のラブコメにおいて、立場が下のものからグイグイいき、最初は拒んでいた上のものが根負けして折れる…というのがしばらくの無難なパターンとなるでしょう。

朝チュンすらない

原作は大人の女性向けのキュン漫画なので、わりとしっかり本番シーンがあります(複数回)。しかしドラマ版は、9話のあとにたぶん一線を越えているのですが、微臭で匂わされる感じで名言されてはおりません。この辺逆転していて面白いな~と思うのですが、ジャンルマンガ(TLやBLだとさらに顕著ですが)だと「読者が求めている」ので入れられる(時にノルマ的でもある)ちょっとエッチなシーンが、実写にするとオミットされる、そしてオミットしても成立するというのが、なんとも複雑な気持ちになります。みんな本当はエッチなものを見たくないのかもしれない…?(最近の疑い)

自分的にまとめると、ドラマ版「恋つづ」は、読者のストレスを極力やわらげつつ、ヘイトコントロールをして、素地を作ったところにキュンをぶちこみまくるという、非常に素晴らしいつくりをしたドラマでした。もちろんそんな構成と演出を役者が全力で演じきったことは言うまでもなく、上白石萌音の芯が強く一生懸命かつコミカルなかわいらしさの説得力は最高でしたし、クライマックス9話の佐藤健の告白の演技など「涙ってこんなに狙ったようなタイミングで落とせるの?」と震えるくらい素晴らしかったです。
さて、ここまでもだいたい余談みたいな内容でしたが、ここからはさらに余談的になります。

たけもねへの強い欲望

恋つづが面白かったのは、少なくない視聴者が佐藤健上白石萌音カップル的な関係を求めたところにあります(まあ怒ってた人もいると思うけど…)
それはsugarで視聴者と距離を縮めながら番宣をしまくった佐藤健にも原因があるというか、かなり意識して天堂と佐藤健の境界線があいまいにされていたと思うのですが、Twitterのファンアカウントが佐藤健のアドリブや演出提案に「これは天堂先生ではなく佐藤健!」みたいな褒め方をしていたり、主演ふたりを「たけもね」として仕事外での交際も期待していたりと、BL界隈でナマモノ妄想をすると怒られることを考えるとかなりあけすけな欲望のぶつけ方だな…とドキドキしました。
佐藤健は「バクマン」だったり「るろうに剣心」だったりと二次元実写化の経験があるから2.5次元舞台的な神降ろしが起こっていたのかもしれない…(2.5次元舞台の場合、有名な原作と一般的にはまだブレイクしていない俳優が重なることで役者にキャラを“降霊”させる向きがあります)と一瞬思ったものの、むしろ逆かもしれないですね。少女漫画実写の場合一般的には佐藤健知名度のほうが高いために、むしろキャラに役者が乗ってしまうのかも。
私はこの役者とキャラを同一視する、かつ作中のカップル関係を実際の役者にも求めている(本当の本当に求めているかはわからないけど)ナマモノ的欲望がかなり興味深く、この巨大な感情を飲み込んでいる役者は本当にすごいなと思います。ただ、今年出たユリイカの女オタク特集にコラムを書くときに海外の半生&ナマのファンコミュニティについて聞いたのですが、キャラと役者を重ねてしまう受容のほうが人間一般的、分けて考えられるほうが相当珍しいのかもねという話になり、そうすると自然なことなのかもな…と感情がウロウロしています。

実写の「生々しさ」をどうするか

小学館のフラワーコミックスは、「恋つづ」だけではなく、いつドラマ化してもおかしくないな〜というくらいひそかなヒット作がたくさんあります。たとえば「ラブファントム」は年の差カップルのだいぶエッチできゅん要素が大きい作品ですが、ヒーローが40歳、しかし漫画の40歳と実写の40歳の説得力が違いすぎるので、実写化の際はかなり脚色が大きくなるでしょう。わりと早い段階でヒーローとヒロインが肉体関係になりますが、「おじさまが若いヒロインに心を打たれて付き合う」というより「おじさんが若い女にうつつを抜かす」みたいに見えかねない。なのでなるとしても恋つづと同じくセックス描写はかなりオミットされそう。上の方にも書いたのですが、漫画を実写にした時にどうしたって発生する「生々しさ」をどう解決するかというのが、少女漫画実写のポイントになるのかな…とぼんやり思っています。