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きっと何者にもなれないお前たちに告げる。はてな匿名ダイアリーに投稿するのだ

朝井リョウ『何者』を今更読んだ。

 

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 

『何者』は、就職活動をめぐって、大学生たちの自意識や自己愛がこじれたりねじれたりしていくさまを描いた小説。直木賞も受賞している。よく「就職活動が終わってから読め(=就活中に読むと死ぬぞ)」という文言とともに勧められているのを見る。

最初の見開きで、いきなりツイッター(のようなもの)のプロフィールページが出てくる。

・にのみやたくと@劇団プラネット

・コータロー!

・田名部瑞月

・RIKA KOBAYAKAWA

・宮本隆良

・烏丸ギンジ

特にRIKA(理香)のプロフィールが目に留まる。

「高校時代にユタに留学/この夏までマイアミに留学/言語学/国際協力/海外インターン/バックパッカー/国際教育ボランティア/世界の子どもたちの教室プロジェクト参加/【美☆レディ大学】企画運営/御山祭実行委員広報班班長/建築/デザイン/現代美術/写真/カフェ巡り/世界を舞台に働きたい/夢は見るものではなく、叶えるもの」

ものすごいスラッシュの数。

インターネットでよく揶揄される「意識の高い若者」そのものだ。理香の彼氏の隆良は意識の高いワナビで、基本的に物語は理香と隆良の痛々しい姿を描写して進んでいく。これだけ意識が高くたくさんの属性を備えているはずの理香の就活はうまくいかず、意識の高さが空回りする。自作の名刺を配る理香を、無頼ぶっていながらもこっそり裏アカで就活の模様を実況する隆良を、主人公の拓人は内心バカにする。

ただ、意識の高い学生やワナビをバカにするだけで終わらないのがこの小説の怖いところ。主人公に安易に感情移入していると……という、ある種ミステリ的なしかけも張り巡らされている。

 

『何者』の登場人物は自意識を持て余している。「自分はもっとできるはずなのに」「特別な人間のはずなのに」という自己認識と、就活がうまくいかない現実のはざまで苦しんでいる。彼/彼女たちはTwitterの裏アカに愚痴を書き、就活仲間の内定先を知ると「(内定先の名前) ブラック 2ch」といった検索ワードで検索をしてプライドを保つ。

何者かになりたい。でもなれない。薄々、自分が何者でもないことをわかっている。認めたくない。

 

多くの人間は自分が「ふつう」であることに恐怖している。どこかで自分が特別な人間であると思いたがっている。

もちろん私もそうだ。20年も生きればそろそろ自分が凡人側の人間だと気づく。でもさあ特別じゃないのって悲しいことだって思っちゃうんだよ。

それを見越して切り捨てたのが2011年のアニメ「輪るピングドラム」だ。

 

「輪るピングドラム」 Blu-ray BOX【限定版】

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プリンセス・オブ・ザ・クリスタルはこう言い放つ。

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる。ピングドラムを手に入れるのだ」

このセリフは、インターネットの人間の心をずたずたに切り裂いたわりに、本編ではそこまで重く取り扱われなかった。高倉兄弟は特別な人間だったが、「何者か」になる未来を捨てて、大事な人を守ることを選んだ。でもそれって特別な人間だからこそできる選択だよね、と凡庸な人間は思ってしまう。

『何者』は2012年の作品。セカイ系のゼロ年代前半、日常系(といいつつ、出てくるのは変わった人間たちの面白おかしい日常)が台頭してきた後半。そして2010年代。凡人たちの自意識と承認欲求がこじれた時代の空気を、『何者』も「輪るピングドラム」も嫌になるほど露わにしている。

 

『何者』の彼らは、Twitterの裏アカウントに望みを託す。終盤、こんなセリフがある。

「だってあんた、自分のツイート大好きだもんね。自分の観察と分析はサイコーに鋭いって思ってるもんね」

「たまーに見知らぬ人がリツイートしてくれたりお気に入りに登録してくれたりするのが気持ち良くて仕方なかったんでしょ?」

この気持ちはよくわかる。

よくわかるが、Twitterに投稿してはならない。ツイートが評価されると、まるで自分が認められたような気持ちになってしまうから。フォロワー数が自分の面白さの尺度であるような勘違いをしてしまうから。

 

そこで、はてな匿名ダイアリー(通称:増田)である。

増田には自意識と創作実話が溢れている。毎分誰かの匿名の(Twitterよりも長い)文章が投稿され、だいたいはそのままネットの海に放置され、中には面白がられたりディスられたりして伸びるものもある。

理香の意識高いツイートは、増田に書けば多くの人に叩かれただろう。「スイーツ(笑)」「社会人はお前のことバカにしてるよ」「で、内定は出たんですか?」とクソのようなブコメやトラックバックがついたことだろう。もし理香の本音を並べて書けば「意識高い奴も物を考えてるんだな」というお前褒めてんのか貶してんのかどっちかにしろよという反応をもらえたかもしれない。もしくはスルーされたかもしれない。

隆良や拓人も同じだ。

増田のいいところは、匿名をいいことに多くの人が好き勝手なコメントをつけてくること、渾身のネタだとしてもタイミングが悪ければ容赦なく流れていくこと、そして自分の自意識にツイート言及数やトラックバック数という形で数字の評価がつくことだ。

増田に投稿すればわかる。自分が大事にしているこの自意識は、この思い出は、ブックマークたったの3でしかないのだ!

 

『何者』の登場人物は、きっと何者にもなれない。

Twitterに投稿しているだけでは、そう諦めきることはできない。

増田だ、増田に投稿しよう。君の投稿を見つけたら、私は「あなたのTwitterの裏アカを特定しました(笑)」と意地の悪いブコメをつけてあげるから。