アオヤギさんたら読まずに食べた

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あらゆることはあらかじめ吉野朔実『恋愛的瞬間』に書いてある

2015年いちばんの収穫は、吉野朔実の漫画に出会えたことだ。特に『恋愛的瞬間』は、恋愛で摩耗している人、恋愛を搾取している人、恋愛で自己肯定している人すべてに読んでもらいたい。

恋愛的瞬間〔文庫版〕(1) (小学館文庫)

恋愛的瞬間〔文庫版〕(1) (小学館文庫)

 

『恋愛的瞬間』は連作短編集。心理学博士・森依四月の恋愛クリニックにやってくる患者たちをめぐる物語と、森依のクリニックでバイトをする大学生・ハルタとその友人たちをめぐる物語だ。

 

1話「恋愛的瞬間」で、ハルタが一目惚れした美少女・如月遊馬は、美しいがゆえに他人を恐れている。手紙や電話や痴漢やいやがらせをこれまでの人生で何度も受けてきた遊馬は、森依にこう相談する。

「――やっぱり私には隙があるんでしょうかそんなふうに 見えるんでしょうか」

「やっぱり? あなたに隙がある 誰かがそう言ったの?」

「両親も教師も最後には必ずそう言いました 私にも責任がある 気を引こうとしてるんじゃないのか 自意識過剰なんじゃないかって…(中略)誰が電話をしているのか 手紙を書いたのかは わからないことがほとんどです わかっているのは私に来たということだけで そうしたら誰もが思うんです 私になにかある 少しは私もなにかしたんだろう(中略)私は疑い深くなりました ――……私に対してもです」

「女性であること 女に生まれたことそのものが 君のコンプレックスの正体だ だから 責任はとれないよね 君の意志じゃないんだから そんなことにコンプレックスを持たなくてよろしい」

「私の責任じゃない?」

「ありません」

「ほんとうに?」

「ほんとです それよりお友達つくって楽しく過ごしなさい」

「(私は誰かに きっと誰かに)そう言ってもらいたかったんです」

 ちょうどこれを読んだとき、私はこのエントリに関する話題について考えていたところだった。

ao8l22.hatenablog.com

(いま思うと誕生日になんつーエントリを書いているのだ……)

で、『恋愛的瞬間』を読んで、「私がこんなことをつらつら書かなくても、90年代に吉野朔実がすべて書いていたじゃないか!」と衝撃を受けた。もう吉野朔実だけ読んでればそれでいいじゃないか、と思ったのだった。

 

ほかにも、今年は「俺ってメンヘラホイホイなんだよね~」と語る男性に遭遇し、付き合ってもないのに「俺にホイホイされたメンヘラリスト」に入れられた年であったが(彼が私をメンヘラ認定した理由は「ユリ熊嵐とベイマックスという俺が知らないアニメについてアツく語ったから」だった)、『恋愛的瞬間』2話の「死んだふりをする女たち」は自傷行為を繰り返す女とその女から離れられない男の話だ。森依は大学の講義でこう語る。

「たとえば片方が被害者でありつづけ 片方が加害者でありつづける あるいは片方が溺れつづけ 片方は救助しつづけると言うような 一見異常で一方的な関係でさえ それぞれがその役割を真に喜びとして感受出来るなら 関係として充分成り立つのです」

自分のことを「メンヘラホイホイ」と称する男性たちは、ものすごく嬉しそうだ。メンヘラを本当にホイホイしてしまうタイプと、「メンヘラホイホイ」というアイデンティティを確立するために相手をメンヘラ認定してしまうタイプがいるが、どちらも(どちらかというと後者がより)メンヘラホイホイであることに喜びを抱いている。なら、メンヘラとメンヘラホイホイの関係は、ギブアンドテイクのイーブンな関係である。

 

第5話の「不幸の発明」は、他人の男にしか興味を惹かれない女の話。彼女はラスト、森依にこう話す。

「先生 私 男の子嫌いなんです バカにしてんの」

「うん」

「男を攻略するのは簡単なんです なぜなら私は肉体を投げだしているから」

「うん」

「肉体に執着しない女を男が大好きなんだって知ってるから」

「男はバカです …先生(中略)他人を不幸にすることが私の恋です 恋人のいない恋が幸福だとは思えません」

「時間がいるね それだけの自己分析能力があり なおかつ己の欲望に忠実であり続けられる君に必要なのは もはや 時間だけだ 大丈夫 いつかきっと酷い目に会えるよ」

 この「大丈夫 いつかきっと酷い目に会えるよ」は本当に大好きな台詞。ネット上には、他人の恋愛心を搾取して、破滅的な自己を確立しようとしている人がたくさんいる。彼ら(彼女ら)が求めているのは恋愛の相手ではなく、自分をドラマティックにしてくれる素材なのだ。自覚的な彼らは酷い目に会うことを望んでいる。だから彼らは彼らの望む通り、いつかきっと酷い目に会えるだろう。

恋愛的瞬間〔文庫版〕(2) (小学館文庫)

恋愛的瞬間〔文庫版〕(2) (小学館文庫)

 

 

恋愛的瞬間〔文庫版〕(3) (小学館文庫)

恋愛的瞬間〔文庫版〕(3) (小学館文庫)

 

2巻と3巻も傑作。全3巻です。全部Kindle化されている(ありがとう小学館!)

ただ1点、3巻の文庫解説が穂村弘で、そのエピソードが最高なのだが、Kindle版に入ってないのがめちゃくちゃ残念。

 

こういう話です。『恋愛的瞬間』にはあらゆることがすべて書いてあるので、恋愛について言語化できないモヤモヤを抱えている人はマジで読んでください!!