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アオヤギさんたら読まずに食べた

インターネットで書いたことや考えたことなどをまとめます

「題名のない音楽会」を見て、「ニコニコ組曲」を思い出した

雑記

11月22日に放送された「題名のない音楽会」はゲーム音楽特集。30分という短い時間ながら、「マリオ」「FF」「パズドラ」「モンハン」「ゼルダ」などのゲーム名曲をオーケストラやリコーダーやバイオリンで演奏してくれる贅沢な番組でした。

そこで流れたFFのメインテーマ。最初の数秒流れたところで、ごく自然に脳内は「ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト」の曲に移っていました。

 

そう、懐かしき「ニコニコ組曲」。正しい動画タイトルは組曲「ニコニコ動画」

今見てみたら900万再生。ひえ~化け物動画ですな。

組曲「ニコニコ動画」は、個人的にニコニコのもっとも輝いていたときを象徴する動画で(すげえ老害っぽい台詞だ)、ニコニコ全体が同じもので盛り上がれていたころに生まれた大きな花火というイメージです。「ニコニコ動画を見ているなら、ここに出てくる曲はみんな知ってる(話題になっている元ネタ/動画もわかる)」みたいな雰囲気があった。弾幕とかも、ありましたね。

この動画が公開されたのは2007年。作者はしもさん。歌い手もMAD作成者もみんなこの関連動画を作成していた思い出がある。当時私は高校生でしたが、オタ友達とカラオケに行くと組曲の順番で曲を入れたりしてましたね。カラオケに入ってない曲も多く、それは泣く泣く飛ばしてました。

この組曲、前身になる動画があります。これも公開は2007年。

 

 しもさんは2007年9月にはさらに「ニコニコ動画物語.wav」を公開。こっちもゲーム音楽・アニメ音楽多めなのでぐっとくるんだけど、25分はみんなで盛り上がるのにはちょっと長めかもしれない。

 

伝説の動画から約1年。2008年には「ニコニコ動画流星群」が公開されました。

そのときのニコニコは「祭り」状態だった思い出がある。歌い手文化も過熱していて(私の高校に「有名歌い手なので大学には行かず歌い手の道に進む」という選択をした先輩がいたくらい)、こうした有名動画を歌うことでさらに歌い手も人気が出るという正のスパイラルの始まりという感じがありました。

 

そして2009年、最後の大きな花火「七色のニコニコ動画」

「七色のニコニコ動画」で特筆すべきなのは、ボーカロイド曲の多さ。「流星群」では「みっくみくにしてあげる♪」だけだったのが、「ダンシング☆サムライ」「celluloid」「初音ミクの消失」「ワールドイズマイン」「ぽっぴっぽー」「ダブルラリアット」「炉心融解」「メルト」などずらりと有名曲が並ぶように。それだけ2008年→2009年のボカロ曲ブームが凄まじかったことを示している。

ただ、このボカロ曲の大量採用は、当時はあまりよく受け入れられていなかった。2008年までの東方・アイマス・アニメ曲で構成された組曲は「この曲はみんな知ってる!」という「俺らの曲」だったのが、ボカロという新しい軸の到来で「この曲しらね」という層を生み出していた。

ニコニコ動画の中で新しい文化が生まれ、それが育っていき、多様化していくなかで、「みんなが知っている、みんなで盛り上がれる」という幻想が終わりを迎えつつありました。動画数も加速度的に増え、ニコニコ内の流行をすべて把握することは物理的に難しくなっていった。

2009年の「七色のニコニコ動画」以降、しもさんによるニコニコ組曲は作成されていません。2012年には完全新作の第6弾が発表される予定でしたが、HDDの故障により製作中止になりました。

 

今もしもさん以外のユーザーが作成する「組曲(メドレー)」文化はうっすらと残っています。ただ、しもさんの組曲シリーズほど大規模なヒットはありません。

ノスタルジーっぽいことを言うと、たぶんいまどんな天才が「2015年のニコニコ組曲」を作ったとしても、あの当時の熱狂は返ってこないでしょう。曲の完成度はもちろんですが、「みんなのニコニコ」という空気があったからあれだけニコニコ全体を巻き込んだ「祭り」になった。その空気は、今はもうない。

 

すごいにわかかつ老害っぽいエントリになってしまった。組曲、いつ聞いても「青春」って気持ちになってしまうんだよな。

ニコニコ組曲のパロディでいちばん好きな動画はこれです。

 

あとぷよぷよ・魔導物語の曲がオーケストラになってほしい。絶対聴きに行くんで……。