そうやって私たちはなんでもインターネットに書いてしまう
高校1年から大学2年まで付き合っていた人とご飯を食べに行った。数年ぶりの再会である。きっかけはフェイスブックで、ちょっとしたやりとりのあとに飲みに行くことになった。
別れたきっかけはいろいろあるけれど、一番大きかったのは相手が「正直、小説は村上春樹だけ読んでれば十分でしょ」と言ったことだった。
マジかよと思った。
彼の本棚には村上春樹があった。ただしそれだけではなく、伊坂幸太郎や村山由佳、カート・ヴォネガットなどもあった。私の本棚には友人から借りたミステリやSFがバンバン積まれていったころだった。
「正直、村上春樹だけ読んでれば十分でしょ」
マジかよ、と思った。
私は彼と知り合って初めて村上春樹を読んだ。初期三部作は面白かった。『象の消滅』も好きだった。しかしそれ以外にも好きな作品はたくさんあった。当時一番好きな作家は誰だったか、津原泰水か伊藤計劃か? スタージョン超面白いよブームはもうちょっとあとだったか。
彼は村上春樹が訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も『グレート・ギャツビー』も読まなくていいようだった。
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高校生のときはもうそれはそれはめちゃくちゃ好きだった。でも大学に進学し、お互い大学生活を楽しむうち、すれ違いも増えていた。別れた。そこまでこじれなかった。その一年後にちょっと飲んだときはお互い付き合っている相手がいて、楽しく話して別れた。
そこから数年後、再会した。向こうは超激務公務員、こちらはしがないインターネットのフリーライター。仕事の話や最近面白かった話を聞いたり話したりした。ふと聞いてみた。
「まだ村上春樹は好きなの?」
彼は苦笑いした。
「実はさ、もう村上春樹はあんまり好きじゃないんだ」
「えっ。『村上春樹だけ読んでれば十分でしょ』って言ってたじゃん」
「あ~言ったね。でもあれ、今思えば中二病だったのかもしれないな」
ちゅ、中二病……?
「マジかよ……え、何がダメだったの? 『多崎つくる』が微妙すぎたから?」
「それもあるけど……まあ、なんか好きじゃなくなったよね、飽きたのもある」
「マジかよ…………えっ、じゃあ今は誰が好きなの? いや忙しくて本あんまり読めてないかもだけど」
「池井戸潤かな!」
「池井戸潤か~!!!!」
ものすごく衝撃だった。
社会だと思った。
「音楽とかはあんまり聞かないって言ってたけど、もしかして三代目JSBとか聞いてたりする?(←偏見)」
「さすがに聞かないよ! でもカラオケではブルーハーツを歌う」
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「ブルーハーツか~~~~!!!!」
社会だと思った。
打ちひしがれている私に、彼はこう続けた。
「正直さ、今日飲みに行くのちょっと気が進まなかったんだよね」
「なんで?」
「インターネットに書かれそうだなって……」
「今この瞬間にインターネットに書くことを決めた」
許可を取った(「書いていい?」「いや~まあ、いいけど……」)。
インターネットに書かないことも、書けないこともたくさんある。でもこう言われてしまったら書くしかない。なんかもうわかんないけどこれはもう義務みたいな気持ちで書くしかない。
そうやって私たちはなんでもインターネットに書いてしまう。過去の好きだった気持ちや楽しかったことを面白おかしく脚色してコンテンツにしてインターネットに放流してしまう。それは数百RTされたり数千アクセスされたりするかもしれない。でもそこで終わりだ。
数年越しに改めて未練たっぷりに思う。やっぱり、当時の私は彼のことがすごく好きだった。村上春樹が好きな「中二病」の彼のことが。
恋が完全に終わった。そうしてコンテンツだけが残る。