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【クリスティー】「杉の柩」“愛しすぎない”ように――心を殺して愛する不幸

 

花のような娘メアリイが殺された。殺人の嫌疑をかけられているのはエリノア。エリノアは愛する男ロディーとの婚約を結んでいたが、メアリイと一目出会ったロディーは激しい恋に落ちてしまい、婚約を解消する結果となっていた。エリノアの叔母ローラが残した遺産問題も絡み、全ての状況がエリノアを“黒”だと指し示している――エルキュール・ポアロが捜査に乗り出すまでは。メアリイを殺したのは本当にエリノアなのか? なぜメアリイは殺されたのか?

 

週1でクリスティーを読もうの会。恋愛を描いた小説としてまず大傑作、あとちゃんと犯人にびっくりして、「あ…あーっ!!」となるのでミステリとしても傑作。

ちゃんとわかっていなかったのであとでググったが、「杉の柩」はシェイクスピア十二夜」からの引用だった。

 

来ておくれ ああ 死よ 早く 来ておくれ

絶えてくれ ああ この命 絶えてくれ

糸杉の柩のうちに 寝せてくれ

むごいあの娘に 殺された この亡骸を

まことの恋に 命まで

捧げたわたし

 

光文社古典新訳文庫安西徹雄訳)

 

恋に悩む男に向けた歌の引用で、このフレーズがそのまま恋に燃え尽きようとしているエリノアのことを指している。

冒頭、エリノアと病床に伏した叔母ローラが恋について語り合う場面があるのだが、その数ページ全部スクショを撮りたいくらいよい。激しく愛されると逃げてしまう男を、本当は激しく愛したいのに抑えながら愛する女。愛することの不幸。

「愛しすぎるってことは、賢いことではないからね」…「わたし、ロディーを愛しすぎない程度に充分想っています」…「それなら、おまえは幸福になれるだろうよ。ロディーは愛情をほしがってはいる、けれど、あの子は激しい感情は嫌いだからね」

「恋って、いったい幸福なものでしょうか?」…「エリノア、そうではない、たぶん、そうではないよ。ほかの人間を激しく慕うってことは、常に喜びよりも悲しみを意味するんだから」

この会話は、最後まで読んでローラのたどってきた人生を知ってから読み返すとよりしみる。ちなみに「なぜ女は愛しすぎてはいけないようになったのか?」をたどる本として最近読んだ「21世紀の恋愛」が全ての教科書になっており、進研ゼミならぬ「21世紀の恋愛」で読んだ!!!となることが多いので副読本として挙げておきたい。

 

 

 

 

「君のクイズ」面白いのは物語なのか、クイズなのか?

 

生放送のテレビクイズ番組「Q-1グランプリ」の決勝。クイズ研出身者のクイズプレイヤー三島は、現役東大医学部にして「万物を記憶した絶対的王者」のキャッチフレーズをもつ本庄絆と対決していた。七問先取した者が勝利する決勝戦で、お互いのスコアは6−6。最終問題で、本庄は「問題――」と、問題文が1文字も読まれていない段階で正答し、優勝を奪っていった。
「なぜ本庄絆は第一回『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」ヤラセか、実力か、それとも魔法か。三島はクイズの問題を通してこの"問い”に挑戦していく。

 

小川哲によるクイズミステリ。最初にぶちかまされる「謎」が魅力的で、かつ本庄のキャラクターが謎めいている。読者は三島とともに本庄とクイズの世界にぐいぐいと引っ張られる。非常に面白い……のだが、これは物語のもつ面白さなのか、クイズの世界の豊穣さがもたらす面白さなのかが判断に悩むところがある。
巻末の謝辞に、有名クイズプレイヤーの徳久倫廉、田村正資、伊沢拓司の名前が挙がっている。参考文献では伊沢、同じくクイズプレイヤーの古川の著作が並ぶ。
このあたりの名前が大集合しているのが2020年の「ユリイカ クイズの世界」特集だ。特集を読んでいくと、「君のクイズ」で描かれているクイズの世界のきらめきをそこかしこで見ることができる。
田村(「予感を飼いならす」)はそのものずばり、クイズ番組「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」で実際に起こった、「第一回ノー」での正答の例と、クイズプレイヤーの思考を解き明かしている。
徳久(「競技クイズとは何か?」)は、〈ここまで直接的に、過去の経験や記憶を活用できるのはクイズだけだ〉〈クイズもまた人生の一部であり、いずれにせよ頼れるのは自分の人生だけだ〉と書いて、クイズプレイヤーの早押しで何が起こっているのか説明している。これは「君のクイズ」の、人生とクイズが離れがたく結びつくクイズプレイヤーの生き様につながる。
伊沢(「クイズの持つ『暴力性』と、その超克」)では、テレビクイズ制作者とクイズプレイヤーがある意味共犯関係となり、視聴者に理解不能な差を感じさせるという構図がつづられている。「魔法」の生まれる過程の種明かしがされている。

「君のクイズ」の物語は間違いなく面白くてエモーショナルだが、それはクイズそのものがそうだから…と感じる。欲張るともうひとつ掛け算があると文句なしに面白いと思えただろう(本当に欲張りではありますが)。


ちなみに「一文字も読まれていないクイズに正答する」動画がQuizKnockにある(回答するのは伊沢)。


www.youtube.com


これも切り抜きだとまさに魔法。のちほど伊沢自身が答え合わせをしてくれて、魔法から技術になる。その解き明かしの手つきはミステリ的とも言えるかも。

 

 

 

「塩と運命の皇后」語られなかったものたちの語りを収集する、歴史ファンタジー

 

 

「塩と運命の皇后」「虎が山から下りるとき」の中編2本を収録。どちらも歴史を収集する聖職者「チー」が、語られなかった歴史、一方からしか伝わっていなかった歴史の語り手と出会うお話のシリーズ。「塩と運命の皇后」は、皇帝に追放された皇后の生き様をかつての女官から語り、「虎が山から下りるとき」では、伝説の雌虎と女学生についての伝承を、人間側からの語りと虎側からの語りを交互につづっていく。

世界観はややアジア後宮ものっぽい雰囲気がある。冒頭、世界に入り込むのにちょっと時間がかかったが、入り込んでしまうとするする読める。最近ファンタジーあんまり読んでないかも…な人は橋本輝幸による解説のあらすじ部分を読んでから読み始めてもいいかも。

チーは歴史を記録し、チーに同行する記録鳥(オールモスト・ブリリアント)は聞いたことを絶対に忘れない。彼らに歴史を語るということは、語られなかったものからの告発であり祈りである。「塩と運命の皇后」で話される、大きな歴史とは直接関係のないある人物のエピソードがあるのだが、それをどうしても話したかったという構図が特によかった。

後宮・政治ものと占いの相性はいい。「塩と運命の皇后」では、占いを通じて皇后が張り巡らしていた謀略が描かれる。ややライトな読み物で近刊だと石田リンネ「十三歳の誕生日、皇后になりました」7巻がまるっと占いによって政治に関与しようとしてくる人間に関するエピソードで面白かった。こうした占いの側面は確かに存在しているが、ただ私のように占いを心から信じられないものに向けての一面でしかないようにも思う。占いの占い的側面を真正面から知りたい人は石井ゆかり「星占い的思考」収録の「占いという『アジール』」。とてもシビれたので一節だけ引用したい。〈占い師なら、オイディプスにこう言える。「それはあなたのせいではなかった」と。〉

「虎が山から下りるとき」は解説にもあるが千夜一夜物語のような構成になっている。殺されないように語るという緊張感と、雌虎と女学生の恋愛・執着・逃亡全部盛りの複雑な関係の緊張感が重なる。これははっきりと女女関係ものなので、そういった関係性を読みたい人にも勧めたい。