アオヤギさんたら読まずに食べた

暮らし、エンタメ、金、自己啓発、ときどき旅

「塩と運命の皇后」語られなかったものたちの語りを収集する、歴史ファンタジー

 

 

「塩と運命の皇后」「虎が山から下りるとき」の中編2本を収録。どちらも歴史を収集する聖職者「チー」が、語られなかった歴史、一方からしか伝わっていなかった歴史の語り手と出会うお話のシリーズ。「塩と運命の皇后」は、皇帝に追放された皇后の生き様をかつての女官から語り、「虎が山から下りるとき」では、伝説の雌虎と女学生についての伝承を、人間側からの語りと虎側からの語りを交互につづっていく。

世界観はややアジア後宮ものっぽい雰囲気がある。冒頭、世界に入り込むのにちょっと時間がかかったが、入り込んでしまうとするする読める。最近ファンタジーあんまり読んでないかも…な人は橋本輝幸による解説のあらすじ部分を読んでから読み始めてもいいかも。

チーは歴史を記録し、チーに同行する記録鳥(オールモスト・ブリリアント)は聞いたことを絶対に忘れない。彼らに歴史を語るということは、語られなかったものからの告発であり祈りである。「塩と運命の皇后」で話される、大きな歴史とは直接関係のないある人物のエピソードがあるのだが、それをどうしても話したかったという構図が特によかった。

後宮・政治ものと占いの相性はいい。「塩と運命の皇后」では、占いを通じて皇后が張り巡らしていた謀略が描かれる。ややライトな読み物で近刊だと石田リンネ「十三歳の誕生日、皇后になりました」7巻がまるっと占いによって政治に関与しようとしてくる人間に関するエピソードで面白かった。こうした占いの側面は確かに存在しているが、ただ私のように占いを心から信じられないものに向けての一面でしかないようにも思う。占いの占い的側面を真正面から知りたい人は石井ゆかり「星占い的思考」収録の「占いという『アジール』」。とてもシビれたので一節だけ引用したい。〈占い師なら、オイディプスにこう言える。「それはあなたのせいではなかった」と。〉

「虎が山から下りるとき」は解説にもあるが千夜一夜物語のような構成になっている。殺されないように語るという緊張感と、雌虎と女学生の恋愛・執着・逃亡全部盛りの複雑な関係の緊張感が重なる。これははっきりと女女関係ものなので、そういった関係性を読みたい人にも勧めたい。