アオヤギさんたら読まずに食べた

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「読書は好きだけど高校国語の成績が伸びない」生徒はなぜ生まれるのか

山月記を現代風にしてみた記事を読みました。

special.froma.com

これはひどい。

いや、本文はいいんです。この記事の趣旨はそもそも山月記的なものになじめない高校生に向けたものでしょうから、話を馴染みやすくできるならそれでいい。「漫画で読む○○」みたいなもんです(私も歴史系だと大変お世話になりました)。

でも最後の「おまけ」が本当にひどい。

試験では「なぜ主人公は虎になったのか、その理由を述べなさい」といった問題がよく出題されます。ここでは、教師がバカな場合と賢い場合に分けて、模範解答例を紹介します。

 ここの模範解答が全然ダメです。バカな場合の模範解答例は「臆病な自尊心と尊大な羞恥心のため」で、まあ10点配点だったら2点~4点くらいはもらえるんじゃないですかね(実際はこの「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」の意味を解説する必要がある/したほうがいい)。

ただし賢い場合の模範解答が本当にダメ。冗談で笑わせる部分だとわかっているけど本当にダメ。

「なぜ主人公は虎になったのか?」という問いに対し、よくあるのが「臆病な自尊心と尊大な羞恥心のため」で、彼の詩には「愛情」が足らなかったと答えるものだ。ただ、名作「山月記」がそんなありきたりの教訓話なのだろうか?
実際、作者の中島敦の人生と照らし合わせれば、そんな単純な話ではないことが分かる。妻子を犠牲にして虎になったのは中島敦自身であり、誠実に答えるなら、虎になったのは「中島敦が作家になることを決断したから」が正解だろう。
なぜそう思うのか、これから説明したい。
もともと女学校の先生をしていた中島は、妻子もいるのに安定した生活を捨て、作家という非常に不安定な職業を決意し、書いたのがこの「山月記」である。
そして病症の身で作品に打ち込んだ結果、実際に妻子を残して33歳の若さで亡くなる。彼が永久的な名声を得たのは死後であり、生前は有望とはいえまだ新人作家にすぎなかった。
「自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ」山月記の虎のこの独白は、自らの死を予感していた中島の声そのものなのだ。
そもそも「自尊心」や「羞恥心」は誰でも持っているので、多少敏感だろうが大きな障害ではない。そして「愛情が足りない」というのもよくあることで、むしろ「俺は愛情いっぱいだ」と言う人の方があやしいだろう。むしろ彼に足りなかったのは、山月記の虎のように、あらゆる動物をかみ殺す、勝負の世界に生きるための非情さに踏み切る覚悟ではなかったか。
例えるなら、作家になるとは虎になることである。世間の人気という不安定なものを多数のライバルと奪い合うのだから不安も多い。そして作家になる覚悟を語ったのがこの作品であると、私は思う。作家は登場人物に自分を投影するが、中島の人生を見る限り、虎こそ中島自身である。妻子よりも作品を第一とし、作品が認められない絶望のなかで、死ぬこともかまわないと覚悟したのだ。
小説の最後、「(虎は)再びその姿を見なかった」という句からは、虎の強い意志を感じる。長年作家に専念するか悩んでいた中島敦はこの作品を経て、とうとう虎になったのだ。その後、勤めていた女学校に、彼はその姿を見せなかったのだろう。
だから「なぜ主人公は虎になったのか?」という問いに対し、私は「中島敦が作家になることを決断したからだ」と答えたい。

「なぜ主人公は虎になったのか?」に、「中島敦が作家になることを決断したから」と答える。質問に答えろ!!!!

こういう小ネタは雑談として先生が話すこともあるでしょうし(なんか若干誤認が多い気もする、つまり虎をそういう象徴として読み取るのはかなりおかしい気がするのだが、近代は全くの専門外なのでパス)、感想文だったらいいかもしれないけど、試験でこの解答を書かれたら配点50点で0点ですね。だって質問に答えてないんだもん。

これはまれによくある「読書はそれなりに好きで自分は国語が得意だと思っていて事実中学のときの国語の成績は無勉強でも高得点だった、でも高校に入ってから成績が伸び悩んでセンター模試の国語はかなり自信満々に解いたにも関わらず現代文が6割程度」みたいな生徒の典型例だと思うんですよ。あっ、はい、私のことなんですけどね。

 

↑のタイプの生徒は、文章はそこそこの速さで読めるし、雑談もいろいろ覚えてるし、長文筆記を書く力もあるんですが、まず問題を読む能力が低い。問題を読む能力が低いので、結果として「自分の脳内に作った設問」を解いている。

中学まではけっこう設問がゆるめなので成績に響かない(し、中学校の先生はそういう生徒をわりかしおもしろがって伸ばしてくれようとする傾向があるので点が甘い)のですが、高校になると設問が正確になっていく。またセンター試験は「誰が読んでも解ける」「マークシート式(部分点がもらえない)」という設計なので、↑タイプの生徒はボロボロ点を落とします。

高校の現代文で大事なことは「設問をきちんと読むこと」と、「本文の内容だけで解くこと」。自分の頭の中の設問を解いてはいけないし、自分の頭の中の本文を読んでもいけないんですよ。

(余談ですけど、よく揶揄される「このときの作者の気持ちを考えなさい」という問題、かなりありえない設問だと思うし、これまでに実例を見たことがないんですが、本当に実在しているんですかね?)

最初に紹介した「なぜ主人公は虎になったのか?」を「中島敦が作家になったから」と答える人は、設問も本文も読めていないお手本です。いや~~洒落でああいう書き方をしているのはわかるんだけど、あまりにもズレていないでほしい。高校生はYahoo!知恵袋の回答をそっくりそのまま書き写すんだぞ。「こういうことを書けばいいんだ!」と信じ込んだら超やっかいですよ。

 

ちなみに↑のタイプの人が高校国語の模試の成績を上げるには、

 

出口汪 現代文講義の実況中継(1) (実況中継シリーズ)

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 これ1~3までやればいいです。

出口の現代文レベル別問題集 3(標準編) (東進ブックス レベル別問題集シリーズ)

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 実況終わったあとにこれ↑をやってもいいかも。ただ、そんなに文字を読むのが苦手じゃなければ、出口の実況中継から直接センター試験数年分やっちゃってもいい気がする。出口メソッドで問題を解いて+漢字さえ落とさなければ、センター国語は8割は堅くなります。

ちなみに古典はまた別問題なんですけど、

荻野文子の超基礎国語塾マドンナ古文―すらすら読むための文法講座 新装版

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 は基本ですよね(漢文は高校でもらったテキストが使い勝手がよすぎてそれで勉強してたので記憶に残ってる参考書はありません)。

正直自分もそうだし自分の書いたブログなどの反応を見ても思うんだけど、書いてないことを勝手に読み取ってそれで怒ったりする事故ってけっこう多いですよね。そういうときはやはり高校の時の学びに立ち返るべきだと思います。

 

なお、名作を現代風に大きくアレンジして、それでもなお傑作という作品は、太宰治の「駆込み訴え」の映像化ではないでしょうか。

太宰治 駈込み訴え

これ、NHKが、舞台を現代に、そしてキャラクターを女子高生にした映像を製作しています。監督は西川美和さん。異常なほどの大傑作ですので、ぜひ探して見てみてください~~。

 

【追記】

本文自体のズレについて指摘しているとてもいいエントリです。こちらもぜひ。

nogreenplace.hateblo.jp